ごあいさつ
きもの着つけ碧(ぁぉぃ)の高須です。
2014年から、きものカルチャー研究所の認定教室として、自宅の和室で着付け教室をはじめました。また、自宅や出張にてきもの着付けサービスも行っています。
おかげさまで、開始以来、受講のかたやお客様が途切れることなく、いらしてくださっています。
ここは、愛知県の南西部にある西尾市というところで、一色町は市街地から南へおよそ15分ほどの所にあります。南は三河湾、東側は吉良町の山並みが見える、静かでのどかな街です。
高い建物がほぼないので、月のきれいな夜なんかは、電線が遮るくらいで、ほんとにきれいに見えます。夕暮れのグラデーションがかかった空も、横に広く見えるので、これもきれいです。
このあたりは港町で、他にもうなぎの養殖が盛んで全国的にも有名です。また、えびせんべいの製造販売、カーネーションや菊など花の栽培ハウスも多くみられます。
西尾市は茶畑が多くあり、抹茶の生産量が高いことでも有名です。
地元の産直市場では、野菜や果物きのこ類など、季節ごとに地域の旬の野菜が並んでいて、ほんとに自然に恵まれた地域だなと感じています。
交通の便はあいにくよくありませんが、田舎のほうなのでみなさん自家用車でこられます。
県道沿いにある自宅は、入り組んだ道を通ることなく来られますし、幸い駐車スペースにもゆとりがありますので、その点は困ることはありません。
程よく街外れにあり、渋滞にも合わない、そんな立地が、ちょうど良かったのかなと思います。
着付けを習う
投稿日時:2017/05/18
着付けを習ったときのこと@
私が初めて着付け教室に通った時のことを、書こうと思います。
ちなみに通ったところは、認定教室をしているきものカルチャーではありません。
私が着付けを習ったのは、27歳の時でした。
それまでは、たたみかたも!必要な小物も!着物の名前も!何にも知りませんでした。着るときは、母親に来てもらって一式準備してもらっていました(^^ゞ
着たのは、成人式とその前撮りで振袖2回、結婚後に、友達の結婚式で訪問着2回くらいだったと思います。
結婚をして、子供はまだいないときでした。「きものを持ってるし、自分で着れたらいいな〜」と思い立ったんです。
友達の結婚式などは、もうすんでしまっていたので、これと言って、いつどこで着たいという予定は特になかったんですが…。
新聞の広告か何かに入っていた、大手着物学院のチラシを見て、問い合わせをしました。当時住んでいた場所の近くには、いくつか認定教室みたいなのがあったので、どこがいいのかな〜なんて思っていました。
ただ、掲載はあったもの、受付の電話のかたに、「こことここは、今はやってないです…。」と言われ、行く所は自然と決まっていきました。
投稿日時:2017/05/19
着付けを習ったときのことA
前回に引き続き、着付けを習ったときのこと−そのAです。
当時当時住んでいた場所の近くには、いくつか認定教室みたいなところがありました。入学を受付けている、一番近いところに決めました。
当時は、パソコンでネットも見れる環境ではあったけど、そんなにいろいろと調べた記憶はないです。
携帯も自分のを持ち始めたかどうかの境目?くらいの時期です。スマホ時代の今とはぜんぜん違い、情報も少なかったと思います。
なので迷いなく、目に入った所にすんなり通いだしたという感じです。
今だと、まずネットで何でもかんでも調べられるので、良くも悪くも情報が分かっていいのですが…、かえって迷いますよね。
『良い、悪い、正しい、間違っている』とか、自分でしっかりと判断できるようにならないといけませんね。
戻りますが…
通った教室は、その頃住んでいた市内にあり、車で15分ほどだったと思います。
学院の分校というかたちで、先生が自宅で教室を開いている所でした。
先生は、年配のかたで、見た目こそ厳しそうな印象だったんですが、怖い訳ではなく、もの静かな中でもキリッとした風格がありました。雑談みたいなことを、そんなにペチャクチャしゃべることはなかったですね。
私はというと、もちろん、最初はしばらく緊張していました。
先生は着物に半幅帯のスタイルだったことを覚えています。個人レッスンで、1ヶ月毎に月謝を納めて、自分で着るコースを約3ヶ月ちょっと。
半幅帯と名古屋帯、袋帯をひと通り教えてもらいました。
学院の分校だったので、もっと習っていくには、試験を受けて費用を納めてというシステムだったと思います。
でもその時私は、自分で着られればそれでいいと思っていたので、進級とかに興味はなく、先生から進められることもなく、静かに終わりました。
レッスンではカリキュラムに縛られることなく、実践で役立つようなことを臨機応変に教えていただいたように思います。最後には、「復習したい時は、またいつでも来てください」ということでした。
着物一式をかかえて、先生のおうちに通ったことが今では懐かしです!ああいう一生懸命さをいつまでも忘れたくないものですね!
「習いたいなと思って、ひとりで先生の家に訪ねていける、勢い!」
「新しいことを何か始めようとする時のパワー!」
そのエネルギーは、人生でそう何回も出せることではないですよね?
心の中で思うことはあっても、行動に移せるかどうかで、そのあとの人生は少しずつ変わっていくと思います。
同じことをしていても、多分変わることはないと思うのです。
呉服店
投稿日時:2017/06/08 00:00
きもののお店でお世話になりました@
呉服屋さんでパートで働いていたとき、いつもではなかったですが、時々、きものを着てお店に出ていました。
お店には、いつも着物を着ているベテランの女性のかたがみえました。
自分の親の年齢以上、年のはなれたかたで、顔なじみのお客様もたくさんおられました。
お客様との会話も、ユーモアたっぷりでとても自然でした。
当時そのかたに、コーディネートや着方のアドバイスなどしていただいていたのを覚えています。
「このきものの時は、こういう帯締めはあまり合わないね」
「(きものの広衿を)もう少し折るといいね」という風に。
とりあえずは自分で着られる、という状態だった私には知らないことも多く、いろいろと勉強になったなと思っています。
とにかく、朝、家できものを着て出ていく!ということで精一杯でしたが、そうしているうちにだんだんと慣れていったような気がします。
そして、そのベテランのかたに、「きれいに着てるね」と言われたことを今でも覚えています。
その時はうれしかったですね。
それほどのかたに、ほめていただけた、ということがどれほどの自信になったことでしょうか。
「認められる」ってうれしいものです。
そして「人を認める」って大事なことです。
投稿日時:2017/06/09 00:00
きもののお店でお世話になりましたA
お店には、いつも着物を着ているベテランの女性のかたがみえました。
年齢は、自分の親よりも上の、大ベテランです。
洋服姿は、一度も拝見したことはないというほどお店では必ずきものでした。
夏のゆかたの時期、私が本の帯結びを見よう見まねで結んでお店に出ていた時のことです。
ベテランの女性のかたに「その結びはどうやっているの?教えて?」と言われました。
私は少しびっくりしながらも、店の奥で、自分の帯を軽くほどいて説明をしました。
何がすごいって…!
そんなベテランになられているかたが、こんな小娘のしている帯結びに興味をもって、しかも教えてと聞けますか?
(当時、私は20代後半)
なかなかできませんよね!そういうことができる人って、すごいなと思います。
そして後日、ベテランの女性のかたは、その帯結びをしてお店に出られたのです。
背中で結んだ帯結びを、私に見せながら「どう?」と聞いてきてくれたのです。
なかなかできませんよね。
まさかそれを結んでこられて、見せてもらえるとは思ってなかったのでまたまたびっくりしました。
私なんかがジャッジできるものではないのですが、「とてもいいです!」とだけ言わせていただきました。もちろん、きれいに結んでいらっしゃいました。
ほんとに、きものが好きなかたなんだと思います。
そんなことを思い出していると、なんだか、なつかしくなります。
教室を開く
投稿日時:2017/02/04
教室を開くまで
結婚の時、幸いなことに母が着物を何枚か誂えて持たせてくれました。
せっかく手元にきものがあるのだから…と、友人の結婚式などに時々きものを着て参列しました。(美容院などで着せてもらいました)
その頃は「きものを着るって素敵だなあ」と漠然と思っていただけでした。
ふとした時に「自分で着られたらな」と思い、自装を習いに行きました。自分で着られるとこんなにも世界が広がるのか…と思った覚えがあります。「これで自分できものが着られる!」とその時はそれで満足でした。
呉服屋さんにもパートで少し勤めて、ほどなくして子育てに専念します。
子育て中は毎日が必至で、自分の事など考える余裕もなかったのですが、下の子も生まれそれなりに落ち着いてきたころ、いずれ自分は何をしたいんだろうと考えるようになりました。
「きものが好きだからまた着付けを習おうかな」と思ったものの、その頃下の子はまだ園にも入っておらず目を離せない歳でした。預ける人もいなかったので、「やっぱり下の子が入園するまで待った方がいいのかな」と思っていました。
どこか習えるところは…とネットで探していた時「きものカルチャー研究所 eコース」がある事を知り、そこからまた勉強を始めることにしました。
そして中等科を修了し、着付け講師認定を取得しました。その時点ではまだ教室をやりたいという気持ちもありませんでした。かといって着付け師になろうという決心もつかず、何をしたいのか…どうしたいのか…自分でもよく分からずにずっと迷っていました。
そんな心境で約1年が過ぎたころ、「教室を開こう」と一大決心します。最初は個人として始めようかと思っていましたが、先生とお話しし認定教室として始めることに決めました。
開校するにあたって講座を受講するため、広島の本校と東京の恵比寿教室へ伺いました。どちらも私がeコース当初からご指導いただいている先生と一緒に行かせて頂き、その時は何から何までお世話になりました。今でもほんとうにお世話になっています。
また自宅の一室、和室も教室として使えるように少しづつ整えていき、必要なものも買いそろえていきました。
そうして私は認定教室を始めることになりました。ここからがスタートでした。
投稿日時:2017/02/04
教室を開いて
ひとに教えるということはもともと嫌いではなかったので、どんなふうに伝えたら分かりやすいか?を一生懸命に考えて接してきたつもりです。
ただ、教育実習のような実戦経験が全くないまま始まったので、最初の頃は緊張と焦りで自問自答しながらの日々でした。「ちゃんと教えられているんだろうか…」と。
おひとり2時間のレッスンを終えると、ものすごく疲れました。「私でよかったのかな…」とさえ思えてくるほどでしたが、そんなことは言ってられないので、とにかく無我夢中でひとりまたひとりと教えてきました。
そして「分かりやすい」と言ってくださるお声がそんな私のはげみになり、試行錯誤しながら、今に至っています。
教えるということは、正直とても大変ですしエネルギーが必要です。同じ教え方ですべての方が理解できるとは限りません。こちらが伝えたつもりでも、ご本人がそれをできるようにならなければ、教えたと満足することはできません。
でも、それ以上にとてもやりがいのある仕事だと思います。理解して分かってくださった表情を見たとき、「伝わったかな!…」と私自身少し安心できる瞬間、それがとても心地良いのです。常により良い方法を、日々考えていかなければいけないと感じています。
私の子どもの頃は…というと、目立つのが嫌いで、学校の授業でははずかしくて手も上げられないし、大きな声も出せないし、引っ込み思案でおとなしい女の子でした。
実際のところ、今でも自分に自信はないですが、そんな私でも一歩、また一歩、と前に出てみることで、道は開けることが分かりました。やるべきことが決まると、人間それに向かって必死になれるものだなと感じます。
『教室を開くことを決心し、家族の同意を得て、上の先生に相談をする』
というこの小さな一歩が、私の人生ににとっては、とっても大きな一歩でした。